2026/06/07 20:08

逃げ道が、近道に見えたら負け。


逃げることが、いつも悪いわけじゃない。


人間には、逃げた方がいい場面もある。
無理をしすぎたら壊れるし、戦わなくていい相手もいる。
続けることより、離れることの方が正しい時だってある。


だから、この言葉は、
「絶対に逃げるな」という根性論ではない。


問題は、逃げることそのものではなく、
逃げ道が、いつの間にか“近道”に見えてしまうことだ。


本当は、少し面倒なだけだった。
本当は、もう一歩だけ踏ん張ればよかった。
本当は、今日やれば済むことだった。


それなのに、心の中でこう言い始める。


「今日は疲れているから」
「今じゃなくてもいい」
「こっちの方が楽だ」
「これは賢い選択だ」


もちろん、そういう日もある。


でも、逃げ道に名前をつけ始めたら危ない。


言い訳を“判断”と呼び、
先送りを“戦略”と呼び、
諦めを“大人の選択”と呼び始めたら、


それはもう、自分をごまかし始めている。


逃げ道は、最初はただの逃げ道だ。


でも一度使うと、次から見つけるのが早くなる。
二度使うと、そこに道ができる。
三度使うと、不思議なことに、そこが一番正しい道のように見えてくる。


だから、負けるのは逃げた瞬間ではない。


逃げ道を、近道だと思い込んだ瞬間だ。


「これは本当に近道なのか」
「それとも、ただ楽な方へ流れているだけなのか」


その問いを、自分に向けられるうちは、まだ大丈夫だと思う。


俺の名言は、誰かを叱るための言葉ではない。
他人に向けて振りかざす言葉でもない。


むしろ、自分が弱くなりそうな時に、
胸の内側で小さく鳴る警報のような言葉だ。


逃げ道が、近道に見えたら負け。


この一言は、
頑張れ、という命令ではない。


ただ、
自分をごまかすな、という線引きだ。


胸元には、自分を見失わないための「自針」。
背中には、この一言。


果てしない人生の中で、
自分の平衡感覚を失わないために。


これは、誰かに見せびらかす服ではなく、
自分の背中に、自分だけのルールを置くための一枚です。