2026/09/02 17:08

嫌いな自分のまま、終わるのは嫌だ。

人には、見たくない自分がある。

逃げてしまう自分。
言い訳をする自分。
人の目ばかり気にする自分。
本気になる前に、あきらめる自分。
変わりたいと言いながら、昨日と同じ場所にいる自分。

そういう自分を見るのは、しんどい。

できれば見ないふりをしたい。
仕方ないと言って片づけたい。
年齢のせいにしたい。
環境のせいにしたい。
性格だからと、あきらめたくなる。

でも、心のどこかでは分かっている。

このままでいいとは、思っていない。

本当に嫌なのは、
誰かに負けることではない。

思ったような結果が出ないことでもない。

自分で自分を好きになれないまま、
その状態に慣れてしまうことだ。

嫌いな自分がいるなら、
そこにはまだ、変わりたい気持ちが残っている。

本当にどうでもよければ、
嫌いにすらならない。

悔しいから、嫌なんだ。
まだ納得していないから、嫌なんだ。
このまま終わりたくないから、嫌なんだ。

だから、この言葉は、
自分を責めるための言葉ではない。

嫌いな自分を見つけた時、
まだ変われる場所を見つけたということだ。

もちろん、人は簡単には変わらない。

一日で変われるわけでもない。
決意しただけで別人になれるわけでもない。
嫌なところを見つけたからといって、
すぐに好きな自分になれるわけでもない。

でも、見ないふりをやめた瞬間から、
少しだけ流れは変わる。

逃げていたことに向き合う。
言い訳していたことを認める。
できないことを、できないと言う。
変わりたい場所を、ちゃんと見る。

そこからしか始まらない。

嫌いな自分は、
敵ではないのかもしれない。

本当は、
まだ終わるなと知らせてくれる合図なのかもしれない。

そのままでいい。
無理しなくていい。
もう十分頑張った。

そういう言葉に救われる日もある。

でも、それだけでは足りない日もある。

心の奥で、
まだ何かがくすぶっている日がある。

まだ終わっていない。
まだ変わりたい。
まだ、自分をあきらめたくない。

そう思えるなら、
嫌いな自分のまま終わる必要はない。

嫌いな自分のまま、終わるのは嫌だ。

これは、完璧な自分になれという言葉ではない。

誰かに認められる自分になれ、という言葉でもない。

ただ、自分で自分に納得できないまま、
人生を閉じるなという言葉だ。

弱さがあってもいい。
遠回りしてもいい。
何度も同じ場所でつまずいてもいい。

それでも、
嫌いな自分を最後の結論にしなくていい。

背番号は、58。

人生をある程度走ってきても、
まだ現役でいるための番号。

もう若くないから、ではなく、
まだ終わっていないから、背負う番号。

胸元には、自分を見失わないための「自針」。
背中には、この一言。

円相は、果てしなく広がる人生と宇宙。
その中にある自針は、嫌いな自分に飲み込まれそうな時、
もう一度、自分の納得へ戻るための小さな印です。

これは、理想の自分を演じるための服ではありません。

嫌いな自分を最後の答えにしないための一枚です。